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●ドイツ連邦共和国
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ドイツが日本と肩を並べるのは、世界経済の発展を促進した第二次世界大戦後のその経済成長です。通貨がユーロに変わりヨーロッパ統合へと歩みだすまで、ドイツマルクは優勢な通貨でした。今日のドイツは平和な国です。しかしその短い歴史は、多くの戦争をはらんだまさに激動の道でした。ドイツの攻撃的な歴史は、1871年の統合に起因しているといえるでしょう。この統合は、政治や社会を発達させることなく強力な近代軍事国家へ突き進むこととました。続く数々の戦争の中で、ヨーロッパにおけるドイツの隣国は長年にわたりドイツの脅威にさらされたのです。
しかしながら今日では、そのような歴史も過去の一場面となり、現在のドイツは平和な国家として、将来に渡りその平和を維持することを誓っています。旅行者や観光客にとって、ドイツはビール、ソーセージそして城や山々、川を含むヨーロッパ中世の面影を残す景色で世界中に知られています。ベルリンもまた世界屈指の都市の一つです。ドイツが再統一された今日、ベルリンは文化の中心地としての過去の日々を再生しつつあるかに見えます。
ビジネスと金融の世界において、ドイツは、人気のフォルクスワーゲンのビートルを始めとした質の高い製品で知られています。しかし西ドイツの経済的な強みにも関わらず、ドイツの統一は財政を圧迫し、旧東ドイツの生活水準は依然として西ドイツをはるかに下回っています。
ドイツ人は、その技術教育を誇りにしており、その教育を支えるのが職人制度です。ドイツでは教育は無料であり、学生は学費を払うことなく大学や大学院に進学することができます。皆さんが本文をお読みになるころには、多少変化しているかもしれませんが、実際ドイツは大学教授の数、ノーベル賞受賞者、本の出版数では世界第3位に位置しているのです。
ドイツ人の多くが、毎年誰もが4週間の休暇を取るという事実からもお分かりのように、人生を謳歌します。オーストリアとイタリアは、ドイツ人にとって最も人気のある休暇地です。400万人のドイツ人がサッカークラブに所属しているほどサッカー好きである一方で、ドイツの学校や大学ではスポーツの試合を行う事はありません。
世界に良い影響を与えた著名なドイツ人も数多くいます。マーティン・ルターは、宗教改革の指導者であり、カトリック教会の圧力に立ち向かいました。ルターは、ヨーロッパと宗教の表向きを永久に変えたのです。ヨハン・バン・ゲーテは、18世紀の作家であり詩人で、世界で最も偉大な文学者の一人です。
ドイツには、旅行者にとってその風景を始め見所が盛りだくさんです。黒い森を探検したり、ライン川下りを楽しんだり、ヴルツブルグのような中世の街を観光したり、ミュンヘンのオクトーバーフェストを祝ったり、アルプスでのスキーを楽しんだり、オーバーアマガウを訪れたりすることが出来ます。オーバーアマガウでは、夏に有名な受難劇が上演されます。その攻撃に満ちた過去にもかかわらず、現在のドイツは明るい未来を抱えた平和な国なのです。
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●オーストリア共和国
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ドイツ語を話す3国のうち、アルファベット順にいって最初の国である、オーストリアから始めましょう。今日、日本におって最も身近な事柄といえば、おそらく映画関連でしょう。オーストリア出身のアーノルド・シュワルツネッガーや「サウンドオブミュージック」は誰もが知っています。映画を別にすれば、オーストリアには波乱に満ちた歴史があります。かつて一度は、ヨーロッパ大部分を制したハプスブルグ家のオーストリア・ハンガリー帝国の中心として栄え、その後衰えを見せると同時に第二次世界大戦前にはナチスドイツにより占領されました。第二次世界大戦から復興したオーストリアは、ドイツが行ったような戦争賠償や謝罪を行いませんでした。オーストリアは好んで第三帝国の一部となり、または強制だったのでしょうか?第二次世界大戦後、オーストリアは、ソビエト連邦の衛星地域である東欧に面した西欧の前哨線となりました。
今日のオーストリアは、美しい城やフレンドリーな人々そしてスキー場で知られる国に様変わりしています。ドイツ語を話すこの国の首都ウィーンは非常に有名です。フロイドが生まれたのもこの地であり、コーヒー店などでも名を馳せるヨーロッパ屈指の都市の一つといえるでしょう。オーストリアの田舎には、美しい家々や教会が広がり、まさに休暇を過ごすのに絶好の地です。
オーストリアはドイツ語圏ですが、オーストリア人はドイツ人とは異なる習慣、態度、価値観を持っています。人生に対してゆとりを持ち楽観的なのがオーストリア人です。この国民性は、適度な失望感や現実に対するほろ苦い姿勢の表れだと彼ら自身捉えています。また、オーストリアからは数々の偉大な人物が登場しています。彼らが世界に誇るのがハイドン、モーツァルト、シューベルト、ストラウス、ベートベン、文豪カフカ、そして忘れてはならないのが心理学のフロイドです。
オーストリア人はまた食をこよなく愛し、オーストリア・ハンガリー帝国から受け継がれてきた様々な料理があります。ウィンナーシュニッツェル(仔牛のカツレツ)、ウィーンの伝統的デザートであるザッハトルテ(アプリコットジャムをサンドしチョコレートで贅沢にカバーしたチョコレートケーキ)、クノーデル(じゃがいも団子)、グラーシュ(シチュー)などがその一例です。
毎年多くの旅行者がオーストリアを訪れ、食や観光、スポーツを満喫しており観光業はオーストリア経済にとって非常に重要な位置を占めています。
当然ながら、ドイツからも多くの旅行者が訪れます。オーストリアはドイツ人旅行者にとってナンバーワンの目的地でもあるのです。
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●スイス連邦
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ヨーロッパにおけるドイツ語圏の主要3国の残りの1国であるスイスでは、ご存知のように3つの公用語、ドイツ語、フランス語、イタリア語と、少数言語であるロマンシュ語が話されています。ロマンシュ語は、現存する言語の中で古代ローマ人が話した言葉に最も密接に関係があるとされています。今日、スイス人のおよそ65%がドイツ語を話します。
スイスは、チョコレート、時計、軍用ナイフ、銀行でその名を知られています。高い山々の中に位置する美しい国では、登山家やスキー愛好家、そして冬を好む人々の誰もがこの平和な国、そしてとろけるチーズにパンを浸して食すチーズフォンデュなどの美味な料理の数々を満喫することができます。
スイスにそびえる山々と美しい湖こそ、スイスを自然と美の国として知らしめる所以でしょう。スイス人は、自国とそこで生み出される製品を非常に誇りに思っています。スイスでは、スイス製の時計を身につけないかスイスの列車に乗らない人は遅れているという人さえいます。しかしながら、今日ではスイス社会の現状に反抗を示す若者も出てきています。
ドイツやオーストリアのように、スイスでも長期の休暇を取ります。たいてい夏に3週間、冬に1、2週間の休暇を取り自国のスキー場やイタリアやスペイン、フランスのような温暖な国へと足を運びます。とはいえ、スイス人は世界中どこでもお目にかかることができるでしょう。
この小さな国家は、ましてドイツ語が話される地域はさらに小さいわけですが、ドイツ語圏においては重要な位置を占めているのです。
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